私は塾講師として
自分で言うのはおかしいことですが(何様のつもりと思われる可能性が高いことも分かったうえで書かせてもらっています)
受け持った子供たちの成績を伸ばすために物理的に可能な限りできるフォローをし
受け持った子の成績を伸ばすためにどうすればいいのかを真剣に考えています。
この前提を分かってもらったうえで、以下の内容を読んでください。
※ 30代のときに大学に入り直し心理学(発達心理・発達障害・精神保健福祉を中心に)を学び直したこと、大手塾にいたときと大橋に移転する前の塾講師の経験を基に書いています。
目次
できない場合もある
勉強をしているのに思うような結果が出ないことにいろいろな原因がありますが
当然、努力をしてもできないという場合もあります。
個人の能力差があるので、本人が期待した結果を取ってもらうことが出来ない場合もあります。
間違いなく能力に個人差はあるのに「無い」ということは私の性格上言えません(もちろん能力は高めることが可能なので、同じ人間でも今と1年後では能力は違うのは当然)。
当然
- うちの塾に来たら誰でも偏差値60以上になりますよ
- 400点以上取れますよ
なんてことも言えません。
期待する結果を取れるようにフォローは可能な限りしますが、そうならない場合もあります。
塾講師として多くの中学生を見続けていれば
イヤでも
- この子は普通では考えられないほどキレる
- 努力すれば九大に十分合格できるだろうな
- 高校で勉強漬けの生活を送れば九大に合格できる可能性はあるかもしれないが可能性はそこまで大きくはないかもしれない
- 努力をしたとしても西南・福大が限界かもしれない
- どれだけ必死に勉強をしたとしても福大に合格できない可能性がある
そういったことが見えてしまいます。
③の場合、勉強が極端にできない場合と同じように辛い思いをする場合もあります。
本人はもっと上を目指したいのに、
①の子が1の努力でやればどうにかなる
②の子が2の努力でやればどうにかなるものを
5の努力をしてもなかなできるようにならない、やってもやっても自分の望むレベルに達さない。こ
の場合は勉強漬けの生活を送り理解に5の努力が必要だったものを4→3→2にできるように時間をかけて能力を高める必要がでてくるのですが
やれば絶対に2になれる保証があるなら継続して努力ができるかもしれませんが
保証がないので、「やっても意味がないのでは」という気持ちがやる気を削る可能性もあります。
そういう状況で親から
「なんでできないんだ」
「なんでこんな結果しか取れないんだ」
「もっと勉強をしろ」
というようなことを追い打ち的な言葉を浴びせられると
できない自分が悔しく辛いのにどうしようもなく自暴自棄になってしまいかねません。
ということはまったく悪いことでないのに
すでに頑張っているのにさらにどうやって頑張ればいいんだ。だから頑張っている子に「頑張れ」なんて言ってはダメ
なんて言う人が出てくるのは
こういう状況にいる子をイメージしているからなんだと思います。
勝手な判断・思い込みの可能性もあるが
勉強ができるかできないかなんて塾講師が分かるわけがない
勝手な思い込みででたらめなことを書くなと憤りを覚える方もいるかもしれません。
が、しかし
一方通行の授業をしているだけの講師がどうかは分かりませんが
子どもたちの反応や理解力・暗記力を近い距離で見ていれば
少なくとも現時点での個人能力の差(人は成長するので2年後3年後はどうなっているのかはわかりませんが、少なくとも現時点で)は間違いなく見えます。
ここまで掘り下げて説明している
ほぼ答えを言っているのに
理解ができない、答えが分からないという場合
大まかなヒントを言えば
あ~、そういうことねとすぐに理解できてしまう場合
こういった差が明らかに見えてしまいます。
それこそ1回の授業をすれば、伸ばすのが難しい可能性が高いかどうかが見えてしまうこともあります。
実際に私が伸ばすのが難しいと思ったこで平均以上になった子はほぼいません(「ピグマリオン効果」の真逆をいっているのでそう思う講師から教えてもらいたくないと思われるかもしれませんが、講師として可能な限り伸ばすための努力はしています。うちの塾は集団指導塾ですが場合によっては個別対応もしていますし、何が出来ていないのかを分かったうえで、できない部分にさかのぼって教えるということもしています)
一方、200点くらいしか取れていないくても伸びると思った子の成績はほぼ確実に伸ばしてきています。
伸ばしてきているというより本人が頑張っているから自分たちの力で成績を伸ばしているのですが
元の成績が悪ければ100点以上一気に伸びることもあれば中には170点伸ばした子もいます。
伸びると思った子はそれまで勉強をする機会がなかっただけで、塾をきっかけにして個の能力に基づいて実力を出せるようになるわけです。
この子はすごいと思えた子は大手塾の上のクラスや成績で選抜する塾に行くように勧めた子のうわさを耳にすると某高宮に移転した塾でも学年トップ3には入っているというのを聞いたり、筑紫丘に合格したということを耳にします)。
そして、どう頑張っても、どう努力しても学校の勉強ができない可能性が高いのに
親がそれに気づいてあげられず
なぜ点数が取れない?
もっと頑張ればできるはず!!
と子供を責めてしまうと学校の勉強をしなければならない年齢の間はずっと辛い思いをし続ける可能性が高まります。
公立中学校に通っているのであれば
定期テスト直前1週間くらい1日2・3時間の勉強をやれば
平均以下になることは普通は起こりません(勉強をしない子が相当数いるのでやれば平均以下になることは公立中学では起こりにくい)。
人並みに勉強をしているのに平均点どころか、平均点を大幅に下回る結果しか取れていない場合
勉強が極端に苦手な可能性があるということを親が気づいてあげることはすごく大切なことだと私は思っています。
LDに関する専門家の本を読む限り少なくとも6%くらいは、勉強に何らかの困難を抱えている人がいることが、ほぼ間違いないことです(30人クラスであればクラスに1~3人くらいは極端に勉強が苦手な子がいる可能性があります)。
すべての科目が苦手な場合もありますし(覚えた知識を理解したり、知識同士を絡めて推測する力がないと、理科・社会の用語、英単語の暗記はできるが他が出来ないので全科目点が悪くなる可能性が高い)
英語(英単語を覚えられない)or数学(計算・図形)・国語(文章理解)など特定な部分だけが極端に苦手と言う場合もあります。
できること
義務教育中は否が応でもみんなと一緒に学校の勉強をせざるをえないので
できるできないの評価基準が学校の勉強(場合によってはスポーツ)しかないのかもしれません。
しかし
10代の頃学校の勉強漬けの生活を送っていた大人が過去を思い返したとき
どう思うでしょうか?
勉強しかしていなかった生活が本当に良かったのか?
疑問に思う人の方が多いのではないでしょうか?
私の勉強に対する考えは
中学生は中3の夏休み前までは1日1時間程度、テスト前と3年の夏休み以降は適度な休憩をしつつ可能な限り勉強
高校生2年の2月くらいまでは1日2・3時間の勉強
将来にどれだけ必要だったかを考えれば分かると思いますが
学校の勉強を一切してこなかった=大人になってからまともに生活が出来ていない
ということはないはずです(もちろん、勉強を必死に頑張った結果今の生活を築いている人からすれば勉強をしたことが今の結果につながったと考えてしまうのは仕方がないのですが)
小中高と勉強をしていなくても
芸術的才能がある人、人から好かれる能力を持っている人、スポーツで頑張った人、自分の趣味を突き進めた人
そういう人は学校の勉強が出来ていなかったから
高校(または高校卒業後)は学校の勉強で










