企業が何を基準に採用しているのか調べることはできないので、断言できませんが、普通に考えれば進研模試で偏差値40~60台くらいの私立大学なら大学名が就職に大きく影響するとは考えられません(影響するのは早慶上智~MARCHくらいまで)。

西南だろうが福大だろうが久留米大学だろうが九産大だろうが、

希望する会社に入るためにやるべきことをやり、且つ、能力が高ければ、大学などどこを卒業していても同じです。

 

偏差値の高い大学の方が就職先が良いのは、偏差値の高い大学に合格するための努力が出来た人が集まっているからです。

九大を目指すだけの能力がある人からすれば、西南がすごいとは思われないかもしれませんが

一般的に、西南学院大学に合格するには、最低限の能力と、継続的に努力ができる必要があります。

ちょっとの努力で合格できる大学にしか合格できなかった人とかなりの努力が必要な大学に合格した人は、その点で大きな差があります。

 

あとは、なんだかんだで偏差値の高い大学のほうが周りからすごいと思われます。

個人の能力はどの大学にいるかで評価できるものではありませんが、実際は相当数の人がどの大学に在籍・卒業しているかで個人を評価しているように思われます。

なので、社会的評価を気にする人はできるだけ偏差値の高い大学に行っておくことを勧めます(何か特別やりたいことがないのなら、できるだけ偏差値の高い大学を志望校にするのは間違っていないと思います)。

自分の卒業した大学よりも偏差値の低い大学は通う価値のないバカ大学。と平気で言っている人もいるみたいですが、そういう人は大学でしか人を評価できない成長が止まっている人でしかありません。

 

ただ、私が現役生なら自分の実力で行ける最も偏差値の高い大学を志望校にすることは間違いないです。

何の努力もしないで大学卒業資格を取るためだけに大学に行くのに意味は感じないので・・・。

仮に努力しないでも入れる大学に進学したとするならそこで中学高校の6年間のそう勉強量の5倍以上の勉強をし、自分の能力を高めるためにできり限り大学を利用します。

遊ぶためにだけに大学に行くなら専門学校に行ったほうが就職で困ることはなくなるとも思います。

 

コロナがきっかけとなって今までの就職の常識が変わり(仕事のリモート化により新人教育が難しくなる)、アメリカのように即戦力が求められるようになれば、能力がなければだれにでも代替可能な仕事やブラック企業にしか就職が出来なくなる可能性大です。

新卒の概念が薄まれば、大学生が勝負しなければならないのは既に戦力となっている社会人になっていくはずなので(アメリカ型)、「大学4年間は遊んですごす」、なんてこともできなくなるはずです。

新自由主義に代わる新しい仕組みができないかぎり、能力によって格差がさらに広がっていくのは間違いないので、子どもだけでなく大人も日々勉強をする必要がある…、なんて息苦しい世の中なんでしょう…。

 

最後に、人を幸せにできる人が幸せになれる。自分が能力を高めるのは自分のためでもあり人のためでもある。こういう感覚も子供たちに持ってもらいたい。おそらく、テストだけのためでなく、自分の能力を高めることを目的に学ぶことでこの感覚を手にすることが出来ると私は思っている。