このサイトで発達障害や学習障害に関していくつか書いてきました(多く閲覧されているのは「学習障害」)。

本当のところ、たとえ、塾をいったん閉め、大学に入り直して発達障害や知的障害(心理学や精神保健など幅広く)についての勉強をし直したという経緯が私にあるとしても

専門家ではない一塾講師が書いていいものか迷いました(どれだけ本を読んで知識があっても(今は以前のように勉強をしなくなったので用語知識は頭からほぼ消えている)結局は素人の浅い知識なので間違いや誤解が生まれる可能性が高いから)。

が、言葉を多少濁しつつも記事をUPしているのが現状です。

なぜ、発達障害について書くのか

その理由は

親や子供に何かを指導する立場いる講師は、発達障害について最低限度のことは知っておいてもらいたいからです(30代後半以上の学校の先生の中には知識が乏しすぎる、関心がない?人が多いように思えるので、そうだとすればそういう先生も)。

 

今回改めてこの記事を書くに至ったのは、

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)」という本を読んだからです。

読むことを勧めたいですが、すべての人に勧めていいかは迷うところです。

この本を読むことで、人によっては

不快に思ったり、不必要に不安に駆られてしまうことがあるかもしれません(焦点を非行少年に向けすぎている学習障害との違いが分からない)。

なので、本を購入して読む場合は自己責任でお願いします。

(購入前に「「できない子」を見捨ててしまう学校の罪(PRESIDENT Online)」を読むことを勧めます)

 

 

児童精神科医である著者が職務経験上、軽度知的障害の存在を知り早期に適切な対応をすることが大切だと書いてあります(専門家ではない私が本を読んだだけの知識では、書きたくても書いてはだめな内容がたくさん書かれています)。

学校の勉強ができるかできないかだけに意識がいき、障害に気づかれないまま何も対処せずに親元を離れ社会に出てしまえば、社会生活に困難を抱える可能性が高くなること。

「なぜ勉強ができない」と努力をしてもどうにもならない子に勉強を強いること(もちろん、学校の勉強ではなく社会生活に必要な能力を高める努力は必要だし、学校の勉強をしないでいいというわけではありません)で、その子がどれだけ苦しむことになるか。

「勉強ができない=学習障害や何らかの発達障害が原因」ではなく、知的障害の可能性も考えなくてはならないということ(これは専門家でなければ絶対に口にできないこと)。

知的に問題がなくIQが高くても社会に適応できない人、境界知能の人がどれくらいの割合でいるか(一般に向けた本でこの数字を書いている本はおそらくありません)。

認知に問題があるなら認知機能を高めなければ何を教えても理解できないということ(本には書いていませんでしたが、これは特に極端に認知機能に問題がある場合に限ってのことだと思います。もちろん、認知に弱いところがあれば、そうでない人と比べて勉強で差がついてしまうこと頑張っても平均点に達さないということは起こりえると思います)。

外見からは障害があるかどうかは判断できない場合が多いということ。

 

一般向けにここまで知的障害について突っ込んで書いてある本はおそらくありません(学習障害と軽度知的障害は違います。この違いをもっと周知させる必要性が高いとずっと思っています)。

必要以上に不安になることはダメですが、人間の発達や精神について少しでも知識があることで、支援が必要にもかかわらずそれが放置されるということが減る可能性は高まるはずです。

 

タイトルに「非行少年たち」とありますが、何らかの障害があるからといってすべての人が犯罪を犯すというわけではありません。

また、書いてある内容が本当に正しいかは分からないので鵜呑みにしてはいけません。

ただ、著者の過去の経験は単なる思い込みではないことも事実だと思います。

 

今までこのブログで複数回、発達障害、特に頑張っても思うように勉強ができない子の存在について書いているのは、おそらくそうである可能性が高いのに、それに気づけない人もいると思っているからです(認知機能に問題があるのか、境界知能なのかは素人は絶対に判断できませんが、勉強ができない原因が努力不足でないかどうかはちゃんと見れば分かるはずです)。必死に頑張っているのに定期テストで多くの科目で30点未満しか取れないというような場合は、おそらく気づかれる可能性は高いです。しかし、科目によっては50点以上取れたり、英単語や漢字のテストで80点前後を取れたりする場合は気づかれないことの方が多いかもしれません。「余計なお世話だ」と思われるのは分かっていたとしても、もし本人の努力ではどうにもならないのに「勉強しろ」「なぜできない」と言われ続ける子がいるとするなら、その状況をどうにか変えてあげたい。ここで書いてあることをきっかけにそういう子が減るかもしれない。そう思うから、書くべきではないことは分かっていても発達障害について書いてきました。市販の勉強本に「やれば絶対に誰でも成績が伸びる。私が教えた子は絶対に伸びている。伸びないのは勉強法が悪いからだ」というようなことが書かれてある本がいまだに売られています(成績を伸ばすことを商売にしている人が、どれだけ努力をしても成績を伸ばせない人がいるということは普通は絶対に口にしないからだと思います)。確かに成長とともにできなかったことが出来るようになることもありますし、努力不足が原因で成績が悪かった子が地道に努力をするようになればできるようになることもあります(中学1年のときにどれだけ頑張っても英単語が覚えられなかったのに中3になるころには普通に覚えられるようになることもあります)。しかし、どれだけ努力をしたとしても実力テストで平均点以上を取れない子、それなのに大人から気づいてもらえず「勉強のやり方が悪いだけ」「テスト慣れしていないから」「やればできるようになる」と言われつづけ、結果が出せないと「なぜできない」と叱られる。学校の勉強ではなく、支援が必要なのに見過ごされていたら…。どれだけ努力をしても思うような結果が得られない子が、そして、そのことに気づかれないで中学・高校になる子が一定数いるということは間違いありません。何をどのように間違えているのか、暗記がちゃんとできているのか、できていたとしても忘れるのが普通で考えられないくらい早いのか、人の説明を理解できているのか、文章の内容を理解しているのか、図形などをちゃんと見ることが出来ているのか、努力に見合う結果が出せていないのなら、テストの結果だけを見るのではなく、間違えている原因を見つけてあげてください。できないから塾に入れるとか、偏差値60以上の高校・大学を目指させるとか、ではなく、その前にもっと子どもの状況を見るべきです。このような主張をすると否定的に捉えられることは重々承知しています。しかし、私は学校の勉強だけが学びだとは思っていません。人の何倍も努力をしても学校の勉強で結果を出すことができないのなら学校の勉強はできる範囲で努力をし、学校の勉強にだけ使っていた時間を別のことに使って、勉強以外の面で自分ができることを増やすことも考えていいんじゃないかと思います(勉強ができないというのは(それが発達障害・境界知能によるかにかかわらず)、他の発達障害と異なる面があります。ちょっとしたことで、実際には違うのに勝手に発達障害だと思い込む場合が、他の発達障害ではあるかもしれませんが、勉強ができているかできていないかは現に結果に表れています。また、上で書いた通り、しっかりと間違えている原因を確認すれば、努力不足が原因かそうでないかはある程度分かるはずです。努力が原因ではないと思える場合は専門家に相談をするべきだと思います。)

 

業界では有名の石田勝紀さんも

このような本を出していますが、

「同じ勉強をしていて、なぜ差がつくのか?」

という部分だけを読んで

「やっぱり誰でもやればできるようになるんだ。やり方を変えればどうにかなる」と読者が勝手に解釈をしてしまうということもあるので、

努力でもどうにもならないことがあるということは、誤解を招かないようにでも構わないので触れるべきだと思います。

 

 

子どもの発達段階を知らないと本を読むことで不安だけが募る可能性もあるので

など、比較的読みやすい発達心理学の本を読んでおくのもありだと思います。

掛け算九九をなかなか覚えられなかったり、中学1年の1学期に英単語がなかなか頭に入らない

ただそれだけで「もしかしたら」と思ってしまうのは危険です。

友人関係などで心理的に不安定なときなど、何かを覚えようと思っても何も頭に入ってこないということもあります。

理解するのが遅いだけでコツコツと勉強をすればどんどんできるようになったりすることもあるはずですし、

口頭による解説ではなかなか理解できず、個別に対応すればできるという子もいまるでしょう(こういうことに気づかず、学力テストでふるい分けをする進学塾に通わせ、授業についていけず悔しい思いをしている子も少なからずいるはずです)。