子ども食堂

以前ブログで書いていた子ども食堂に関して書いたものです。

「最近は大学が子ども食堂を開設するようになってきた」ということを知り、再掲載することにしました。

大学による子ども食堂

継続性を考えたら、大学は地域交流の場でもあるのでものすごく良いと思いました。

子供が大学生と交流することで、子供たちが親・友人に話すことができない悩みを相談することもできるようになるでしょうし、勉強に関心を持っていない子が勉強に関心を持つきっかけになる可能性もあります。

福祉・心理系の学部に在籍している学生であれば、おじちゃん・おばちゃんたちが運営している子ども食堂とは違った対応もできるはずです。

継続可能な団体による、いろいろな種類の子ども食堂ができると救われる子供たちが出てくると思います。

九州の子ども食堂

西日本新聞によると、設立予定のものを含めれば、九州に79カ所の子ども食堂があるみたいです。

その大半が昨年末以降の開設らしいです。各県の開設数は福岡36、佐賀4、長崎8、熊本17、大分9、宮崎4、鹿児島1、だそうです(開設予定含め)

2015年秋ごろまで数カ所しかなかったらしいので、その急増ぶりはすごいです。

新聞には「いかに継続させるかが課題」と書かれたありました。

北九州市・大野城市では、企業や農家などから食材の提供を受ける「フードバンク」と連携・併設し、複数の子ども食堂で食材を共有する試みをしていると書かれたもいます。

これによって、子ども食堂を運営する人たちが継続して活動ができるといいですね。

2016年11月17日追記:西日本新聞の一面で子ども食堂のことが取り上げられました。さらに規模が膨らんだみたいです。117か所だから11月17日に記事にしたのですかね?

参考:九州に117か所 

市民の機運盛り上がる

新聞には長崎大学の小西祐馬准教授(児童福祉)の話しも書かれてありました。

食事の提供をきっかけに、地域が「困っていることがあったら力になる」と発信していることに大きな意味がある。一方で、困窮する家族ほど周囲から孤立し、子ども食堂を利用できていない実態がある。市民だけに任せるのでなく、自治体もしっかり支援し取り組みを広げていくべきだ。

「困窮する家族ほど孤立する」私はそのような家族を目にしたことがありません。目にしているけれど、気づいていないだけなのでしょう。

周囲から孤立している家庭の子でも小学校には通うはずです。小学校にスクールソーシャルワーカーを常置させ、そのような子をいち早く発見することができれば、子ども食堂だけでなくいろいろな支援ができるかもしれませんね。

子ども食堂の運営

私は行政と病院が連携、行政と地域が連携して子供食堂を運営するのことには大賛成です。

地域の特定の一人が、一時の感情で先走って何も考えずに運営を開始することには反対です。

子ども食堂の運営はボランティア的な感覚で始めることがほとんどだと思います。ボランティアを否定するわけではありませんが、ボランティアは簡単に出来るものではありません。

特に子供に関わるボランティアをするのは難しいです。

どんなことが起こっても継続することができる必要があります。見切り発信をしてしまうと、尻切れトンボになり、かえって子どもを不幸にさせるかもしれないからです。

なぜ子供対象のボランティアが難しいか

「自分がこういうことをしてあげれば、こういう風に思ってくれるだろう。こういう風に行動してくれるだろう」と勝手な思い込みがあるからです。

「私がこれだけしてあげているんだから、感謝するのは当たり前、無報酬でやってあげているんだから私の気持ちが通じ、良い子になってくれる」

ボランティアはやり始めの時は気持ちが高ぶっているので、報酬を得なくてもやる気が持てます。こうすれば子どもを変えることができるだろう・救うことができるだろうと必死になるでしょう。

しかし、子どもは大人が思ってくれる通りの行動をとってくれるとは限りません。感謝の気持ちを微塵も持たない子も中にいるでしょう。してもらって当然と思う子も中にいるでしょう。反抗してくる子もいるでしょう。

子ども食堂が何を目指しているのかは異なるでしょうが、どのようなスタンスで運営をしていようが、決して一時の感情だけで継続できるものでないはずです。

自分の想像とは違ったから途中で止める、となるのなら初めからしない方がいいと思います。

しかし否定はできない

ただし、一時の感情がなければ何も始まらないことも確かです。

また、特定の一人が一時の感情で子ども食堂の運営を始めることはないでしょう。

実際は、子ども食堂の必要性を考えた地域の数人が集まって始めることがほとんどだと思います。

それらに行政が率先して力を貸せば継続した運営が可能になるはずです。

福祉の専門職を定期的に送ったり運営資金の援助などなら可能なはずです。ただし、営利目的で子ども食堂を運営しようとする人や、乱立状態になることは防ぐのは当然考えてもらいます。

これができれば、子どもだけでなく地域の人たちのつながりが増えて地域生活が楽しくなるかもしれないですよね。

追記

「こども食堂は、こどもの食堂ではない」という「子ども食堂」の名付け親の言葉をヤフーニュースで読みました。

「子ども食堂」は、“貧困の子どもを救う”という定義になりつつあります。私も新聞などで「子ども食堂」という言葉を聞いたこと、その中身が「貧困の子どものため」という視点で書かれてあることから、「子ども食堂は貧困の子供たちのためのものだと思っていました。

名付け親は 「こども食堂とは、こどもが一人でも安心して来られる無料または低額の食堂で、そこにたまたま貧困子もいるかもしれない」と言っています。

また、「こどもだけとは言っていない」とも言っています。

必要なのは、子どもたちに、さまざまな人たちの多様な価値観に触れながら「だんらん」を提供することなのだそうです。

そして、「子ども食堂」は「子ども食堂」という“場”がある必要は無く、子どもが孤食をするのではなく高齢者の独り暮らしのところで一緒に食事をすることも「子ども食堂」と言えるのだそうです。

一世代だけでなく、多世代交流ができるようになることが望ましいのだそうです。

食後には遊んだり勉強したり、親が上の世代の人から子育てのアドバイスを受けたり、いろいろな情報を交換したり、シニア世代が子ども遊んであげる、逆に遊んでもらう場にもなっていいのだそうです。

だとすれば、公民館を使って定期的に世代間交流を行う習慣が日本全国にできれば、一気に子ども食堂がたくさんできますね。

「貧困の子のためのボランティア」という勘違いした定義のままであれば、私は素直に「子ども食堂」が広がっていくことを喜べませんでした。今回のニュースを読んだことで、「子ども食堂」に対するイメージが変わりました。

まさに、私がやろうと思っていることと同じなんですから。

近いうちに塾を移転する可能性があるので、その時には多世代交流の場も提供できるような塾に少しずつしていこうと思いました。

懸念

私が書くことをためらっていた懸念についても触れていました。

このようなブームが起こると、必ず補助金目当てに運営をしようと考える人が出てきます。

マンションの1室など安く場所を借り、子どもに食事の提供をしているふりをして自分の私腹を肥やす。そういう輩が出てくる恐れがあります。

だから、「子ども食堂」を新たにオープンしようとすると、「子どもをダシにして、自分が儲かろうとしているのではないの」という偏見を持たれることもあります。

名付け親は「ブームは嬉しいが、そのような輩が出てくること」「本気で子どもたちのために何かをしてあげたいと思っている人が偏見の目で見られるかもしれないこと」がなければ良いと書いてありました。

広がれ子ども食堂の輪、全国ツアー

9月29日の新聞を見て追記した部分です。

子ども食堂の解説を後押しする「広がれ、子ども食堂の輪、全国ツアー」のキックオフイベントが28日、東京で開催されたみたいです。

同じ日に北九州市は親が忙しくて一人で夕食をとる子供などを対象に、八幡東区の尾倉市民センター内にオープンをしたみたいです。

「コミュニティー崩壊などが社会問題になる中、地域で子供を育てる拠点として全国に発信したい」とNPO法人フードバンク北九州ライフアゲインの理事長の言葉は素敵ですね。

私も、私だからできることをやっていきたいと改めて思いました。