現役時代の時に現代文の勉強が大切だと思ったことは正直ない。

何をすればいいのかわからない、

やったところで成績は伸びない、

それが現代文だった。

 

しかし、今はまったくそんなふうに思わない。

むしろすべての科目の中で最も大切にすべき科目だと思っている(英語・数学のように大半の人にとっては受験にしか必要でない科目とは異なる)。

 

現代文をしっかりと勉強する(ただ問題を解くだけでなく、筆者が伝えようとしていることを理解しようとじっくり読む)ことで

少なくとも

無知による誇り

無知による恥

に陥ることがなくなる。

世界を知りたくなるだろうし、

今の世の中がどうなっているのか、

今の世の中で自分ができることはあるのか

様々なことを考えるキッカケになる。

家と学校の往復で社会を知るきっかけが少ないであろう高校生が社会を知るツールになる。

 

 

 

高校生までの勉強は、受験のための勉強でしかないと思うが、現代文の勉強は受験のための勉強に終わらない。

自分を成長させることにも確実に役立つ・・・と思う。

まじめに現代文に取り組めば、

「大学で何をしていいのかわからない」

「就職する年代になったけど、自分が何をしたいのか分からない」

ということもなくなるはず。

 

人間は学べば学ぶほど(学びは学校の勉強に限らない)、やりたいことがいっぱいでてくる。

いろいろ学んだうえで、結局生きていくことに何も価値を感じず「やりたいことがない」とニヒリズムに陥る可能性がゼロとは言わないが

「やりたいことがありません」なんていう学生は、

  • 他者が敷いたレールを歩き続けただけ
  • 他人の眼だけを気にして他人にどう思われるかだけを考えて生き続けただけ
  • 何もしていない

大半がこうだと思う。

高校生はこういう学生にならないために、自分のために勉強をすることが大切。

 

若さにどれだけ価値があるのか、若いときに学ぶことがどれだけ自分の人生にプラスになるのか

若い人は時間をもっと大切に有効に使ってもらいたい。

毎日何も考えずダラダラしているだけなら勉強をして自分の能力を高めるべき。

 

遠い先の未来を想像することが難しい小・中学生が「勉強しても意味がない」

というなら許されるが、高校生が同じようなことを言っては(*ノωノ)

そもそも、勉強をしていないのに意味があるかどうかなんてわかるわけがない。

「勉強しても意味がない」なんて言えるのは、勉強をした人だけ。

勉強をしていない人にはそんなことを言う資格はない。

 

中学までに努力の経験がない子は高校になってから変わる可能性は限りなく低い(少なくとも大学受験勉強のために努力をすることはできないはずなので、学校の勉強以外のことで努力ができる何かを見つけるべき)。

努力の経験のない子は楽な方楽な方に逃げ、結果的に自分の選択肢を狭める続け、どうにもならなくなると思う。

そうならないために、小学生のうちに勉強習慣(「勉強しなさい」と言わなくとも、歯磨きや食事のようにそれをするのが当然の習慣にする)を身につけることが大切。

 

 

現代文とは全く関係のない話になったので

最後に少し戻そうと思う

 

まずは

 

から入るのもあり

現代文なんか面白くない、やりたくないという人も多いと思うので、この2冊は小説のように読めるにも関わらず思想・哲学の超入門書になるのでお勧め。

正義の教室は「正義の教室~善く生きるための哲学入門」を参考にしてください。

これを面白いと思えたら、もう少し難しい本にも手を出してみてください。

そこまでいくことができれば、思想・哲学だけでなく、言語・文化・科学・心理・近現代史など、そして自分が生きている社会に自然と関心が広がるはずです。

なぜか?

それは思想・哲学の本を読めばわかります。

そういうものなんです。

つながっているんです。