中学生・高校生の進路の決め方

高校受験であれば

  • 友達から誘われたから
  • お兄ちゃんお姉ちゃんが通っているから
  • 家から近いから

大学受験であれば

  • 偏差値が高い大学
  • 指定校推薦がもらえる大学
  • 勉強しなくても入れる大学

このような理由で進路を決定する子がいるはずです。

逆に、「やりたいことが分からない」と進路に悩みすぎてなかなか決められない子もいるでしょう。

この記事は「中学生・高校生の進路の決め方」というタイトルですが、「具体的にこうやって決めればいいよ」というものは書いていません。

「やりたいことがない」のは普通

私は、公立高校は地元で一番偏差値が低いと思っていた高校を受験しました(後でもっと低い高校があることを知りました)。

私立高校は兄貴が通っているという理由で選びました。

大学は偏差値ができるだけ高くて社会的な評価がある程度得られるだろうという理由で、早稲田・明治・中央・西南学院大学を選びました。

こんな選び方をしたら、「『夢』『やりたいこと』が何もないまま進路を決めるなんて馬鹿だろ」と思う人もいると思います。

しかし、中学生・高校生が自分の進路を決めるられるでしょうか。

やりたいことがない」で触れましたが、進路など決められないほうが普通なのです。

大多数の大人はそれが分かると思います。

中高生の時に「やりたい」と思えることがなかったり、あったとしても、当時「やりたい」と思っていたことと、今就いている仕事とは全く関連がないはずです。

中学生・高校生の時には、自分が今やっている仕事が存在することすら知らなかったはずです(「保育園の先生」「看護師」「美容師」「医者」などの専門職として働いている人くらいしか、中高生のときに「やりたい」と思っていた仕事をしていないのではないでしょうか)。

「いやいや、昔と今は違う、子どもたちはキャリア教育を受けているから『夢』『やりたいこと』を見つけられる」という反論もあると思います。

確かに、今の子供たちはキャリア教育によって世の中にどのような職業があるのかを中学・高校で少し触れることはあるでしょうが、その多くは中学生・高校生でもできる仕事です。

つまり、誰にでも代替可能な単純作業しか体験ができないのです。

ごくごく狭い部分しか見ることしかできないのです(それに自分の興味のある職場を体験ができない場合のほうが多い)。

職業体験は体育祭や合唱コンクール、遠足や修学旅行のようなイベントと同じで(これらと違ってやらされている感が強いかもしれない)、それが現実に自分の将来を考えるきっかけになる子は、子どもたちの話を聞く限り少数派です。

スイスの職業訓練制度」「スイスでは半数以上が職業訓練を選択」(外部サイト)とその仕組みの差を考えれば、私が職業訓練を単なるイベントと言うことが分かると思います。

中途半端な職業訓練などするよりも、外部から起業家や専門職、職人を呼んで講演してもらったほうが、世の中のことをもっと知れると思う。

いずれにしろ、そうでない日本のキャリア教育においては、子供たちは、学校で「やりたいことを見つける」ということを、「やりたいことを見つけられる環境にない」状況で探そうとさせられているようにしか思えません。

こんなんだと「やりたいことがない自分って、もしかしてやばいんじゃないの?」と、かえって不安になっているように思えてしまいます。

だから、「周りの友達はやりたいことがあると言っているのに、自分にはやりたいことがない」と悩みすぎている子がいるとするなら、悩むのを止めましょう(やりたいことがあると言っている子の大半が本当にそれがやりたいかどうかなど分からないのだし)。

自分の将来が見えない不安を持つのは当たり前で、中学でそれが見つからないのであれば、どの進路を選ぶことが自分の可能性を広げられるのかを考えればいいんです。

高校生なら「高校生が志望校を決める時期」でも書いている通り、やりたいことがないのであれば、偏差値で大学を決めてもいいんです(今の日本社会では出身大学が人生を大きく左右することは間違いない)。

そのときに、自分がやりたいと思えることを探せば(いろいろなことを学び体験する)いいんです。

あなたが勉強漬けの生活をしていない限り、それまでに見えていた景色とは違う世界が見えてくるはずです(親の言うことを真面目に聞いて受験勉強しかしてこなかった子はいつまでたっても自分が見えないかもしれませんが)。

大学生(状況によっては高校生)になったときに自分に素直に生きていくことを選べば(楽して生きるという意味ではない)、道は開けるはずです。

志望校は自分で決める

中学生は親と相談して、高校生は自分の意志で志望校を決めるべきです。

自分ではどうしても決められない場合は、第三者(学校の先生・塾の講師)からアドバイスをもらっても構いませんが、そのときでも最終的に決めるのは自分です。

最悪なのが生徒の意志を無視して担任の先生が進路を勝手に決めることです。

内申点・生活態度などが影響し、拾ってくれる私立高校が限られているような例外的な場合は先生が決めなくてはならないかもしれません。

しかし、それ以外の場合、第三者である先生の言っていることは参考程度にとどめるべきです。

「あんたではその高校には受からないから受けさせない」

「あんたではその高校には受からないから私立専願しかさせない(公立を受けさせない)」

こういう先生が現実にいるかもしれないということを聞き驚きました(事実であればかなりひどいと思う)。

「進学した後についていけないかもしれない」という考えで志望校を変えるようにアドバイスをしているなら分かりますが、その子の今の努力を見ずに、過去のテストの結果だけで勝手に進路を決めているとすれば、その先生の話はスルーするべきです。

中学生が受験校を決める時期」でも少し触れましたが、何の権利があって学校の先生が生徒が受験する高校を決めるのでしょうか。

少なくとも私は、現時点ではE判定で周りからは無理かもしれないと言われている場合でも、内申点と普段の姿を見て、合格の可能性が十分ある塾生に対しては「成績は伸びる、落ちることを考えてどうする」と言います。

たとえ現時点で実力テストの成績が悪くても、中学で習う範囲は限られています。

本人が本気で受験勉強に取り組もうとしているのであれば、1ヶ月でも成績は伸びます(偏差値40から60になるということは意味していない)。

科目を絞って勉強をすれば、たとえ10月~12月の模試でE判定しか取れなかったとしても、偏差値が40台前半でも、内申点にもよりますが、偏差値50前後の高校に合格することは十分可能です。

生徒がせっかくやろうとしているのに「あんたはダメ」という先生がいるのが本当に信じられません。

努力をしようとしていたのに先生からそんなことを言われては「あっ、自分合格できないんだ。受験させてくれないんだ」

素直な中学生はそのように思ってしまいます。

「自分で何とかしないといけない」「努力が必要だ」とやる気を出し始めているときに、「ダメ」と言われたら、やる気がなくなります。

せっかくの成長の機会を奪われてしまうのです。

もし、先生から何の理由もなく「その高校は受けさせない」と言われた子がいるなら、その子は先生の言うことには耳を塞ぎ、自分の意志を貫いてください。

ただし、実現不可能な目標を立ててそれを貫くのはただの無謀なので、自分の置かれている現状を把握したうえで決めてください。

大学受験の場合も同じです。

地方の高校は国公立大学の合格者数を重視します。

完全に生徒の意志を無視して「お前はそこには受からないからワンランク下の国立を受けろ、学科を変えろ」などと言います。

私立に絞った方が結果的に本人の希望に沿う結果になる可能性が高いのに、「3教科で受けられる公立大学を受けろ」と言います。

本人が

「国公立ならどこでもいい」

「母校の進路実績を伸ばすことに協力してもいい」

と思っているのなら話は別ですが(このような子も一定数いるのは確かです)

国立コースを選んだが成績が伸びず(進研模試で偏差値50未満)、国立ではなく私立を第一志望にしたいと言っている子に

「センター併用で受けたほうが合格の可能性が高まる」

「公立を受ければ受験回数が増えるので合格の可能性が高まる」

「センターで試験慣れしておいた方がいい」

などと言い、なんとしてでも公立を受けさようとする高校には辟易します(逆に国公立を受けたいのに無理やり絞らせるのも問題、高校生なら自分で考えて受験校を決めるべき)。

二兎を追うことで両方ダメになる可能性が高まるかもしれないということを言ったうえで、国公立も狙うかどうかを本人に決めさせるべきなのに、学校の言うことを聞いて、二兎を追わせられ、国公立も私立(福岡では西南・福大)にも合格できない子がどれだけいるでしょうか。

公立だけに合格したときは「ほら、公立も受けておいてよかっただろ、おめでとう」

私立だけに合格したときは「浪人しなくてよかったな、おめでとう」

公立・私立の両方に合格したときは「よかったな、おめでとう」

全部不合格になったときは「お前が勉強をしなかったからだ」

高校の言っていることを素直に聞いている子が大学受験後に言われるのって、こんな感じだと思います。

私立を第一志望としている子に公立大学を受験させようとしているのは本人のためではなく、「国公立大学〇〇名合格」という学校の合格実績のためだということをまずは知ってください。

不合格になったときに高校は責任を取ってくれませんよ。

現実的でない目標を立てるのは危険